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製糖用スクリーンが布引製作所を不動のものに

自家製 P-0 高速自動打抜器

次の大きな転機は、昭和28年頃、思わぬところから始まりました。
ある製糖会社から製糖分蜜用遠心分離機の打抜スクリーン(パンチングメタル)の加工依頼がありました。当時はまだこれらに要求される広幅の打抜スクリーンの加工技術が国内にはなく、これらの打抜スクリーンはすべて輸入されていました。布引製作所は、プレス機械そのものから考案・設計することに取り組みました。もちろん、社内で組立・調整を行い、レベラー(ひずみを調整する機械)も社内製作して、要求される広幅の打抜スクリーンを加工することができるようになりました。


この打抜スクリーン(パンチングメタル)の加工実績を買われ、続いてある大手商社から東南アジア(台湾)向けの製糖に使用される真鍮板の遠心分離機用打抜スクリーンの加工依頼が舞い込みます。
当時、日本にはまだ外貨もなく資材もないことから、付加価値の高いこれらの打抜スクリーンが貢献したとのことです。


打抜スクリーン(パンチングメタル)
孔径0.5mm・ピッチ1.1mm
(ステンレス製・真鍮製・真鍮製)

遠心力を利用した
製糖用スクリーンの連結部

この製糖用打抜スクリーンは現在もほぼ変わらないですが、孔径が0.5mm、ピッチ1.1mmの高密度であったため、当時パンチングの常道であった寄せ抜きが通用せず、1mの幅広で精度の高い一度抜き順送りが基本となりました。これには何よりもまず高度な金型の加工技術が求められます。これをクリアした事が、その後の微細な金型製作を社内ですべて研究製作する元となったのです。

当時はこれらの打抜スクリーンをかついで電車に乗って営業していました。名古屋、神戸、九州の製糖工場の製糖用打抜スクリーンを皮切りに、日本のすべての製糖工場が使う国産の打抜スクリーンは、すべて布引製作所のものであり、3ヶ月待ちもざら、という状況になりました。現在もこの打抜スクリーンは製糖用分野で国内80%以上のシェアを持ち、長期にわたりご支持いただいています。