HOME布引製作所のルーツ高度経済成長期において、新たな販路を見いだす

高度経済成長期において、新たな販路を見いだす

特殊ラスメタルマシーン

日本は昭和39年に開催が決まった東京オリンピックに向けて、高度経済成長期へ突入します。 テレビ、ラジオの普及が高まっていくこの頃、真空管のシールドメタルの製作依頼が舞い込みました。今の微小エキスパンドメタル(ラスメタル)です。当時は金型も加工機も市場になく、自社内で金型及び加工機の設計から製作を行って『特殊ラスメタルマシーン』を生み出し、真空管シールドメタルを製作。製法特許も取得しました。さらにこれらのエキスパンドメタル(ラスメタル)の需要拡大を見込んで量産体制に向けて加工機を追加導入し、真空管加工メーカーにエキスパンドメタル(ラスメタル)を提供していきました。当時、こうした真空管加工メーカーの各社から、業務提携や傘下に入る事を持ちかけられるといったお話もありました。


『下請けにはならない』

職人としてのプライドを大切にする布引製作所は、結局、各社の誘いを断り、金型製作は門外不出の技術として積み上げ、守り抜いています。現在も各社メーカー様と対等な立場でおつきあいさせていただけるのは、こうした布引製作所のこだわりや熱意から生み出された社風なのです。


ベネシャンスクリーン

ベネシャンスクリーン
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一方で、昭和30年代初めにトランジスタが発明され、国内の弱電メーカーがラジオに使用し、この携帯ラジオのスピーカーネットに布引製作所の打抜スクリーン、特殊ラスメタル(ベネシャンスクリーン)が採用されました。当時の国内の弱電メーカーのスピーカーネット生産の大部分を布引製作所が担うようになったのです。

さらに昭和30年代後半には、携帯無線機のマイクロフォン用スクリーン(エキスパンドメタル)の生産を開始。メーカーからは、『音質』への追求が命題とされ、「音」ではなく、綺麗な「音楽」と綺麗な「声」が聞こえるよう、打抜スクリーンのオープンエリア(開孔率)が安定したものの納品が強く求められました。


各測定器メーカーに開孔率測定器の製作を依頼しましたが、あまり良い返事がありません。そこで、経験も実績もない中で手探りしながら光電式開孔率測定器の製作も自社で行い、その測定器を使って安定した製品が提供できるようになりました。

こうして布引製作所は、弱電・電子機器業界へも新たな販路を拡大していくのでした。 また、このトランジスタラジオのスピーカーネットを見た別のメーカーから、このスピーカーネットのイメージをガスライターの表面の装飾にしたいとの依頼が持ち込まれ、早速、仕様を確定して製作するという注文までいただいたのでした。


打抜スクリーン(パンチングメタル)や特殊ラスメタル(エキスパンドメタル)を使用した当時の商品